2026年2月15日
「神のすべての武具を取れ」(要約)
聖書箇所: エペソ人への手紙 6章10〜20節
1、クリスチャンには戦いがある
パウロは、これまで、クリスチャンはキリストにあって神様から天上のすべての霊的祝福を持って祝福されていること、つまりこの世界の始まる前から神様に選ばれた者であること、そしてそこから、召された者にふさわしい生き方や、教会という共同体の中での交わりや家庭の中での生き方について語ってきました。そして最後に霊の戦いについて伝えます。なぜならこうした「神の民」としての生き方は、霊の戦いなしではできないからです。
では私たちは何と戦うのでしょうか。悪魔です。人と争うことではありません。悪魔の特徴は、嘘と悪巧みです。また悪魔の目的は、私たちの心と目をキリストの十字架から別のものに逸らすことです。神の子である私たちをキリストから離れるようにすることです。私たちは、もはや罪と死と悪魔の支配する国ではなく、洗礼を受けてキリストの王国の中にいます。日々罪を犯しますが、悔い改めと聖餐式によって罪の赦しを頂きます。悪魔はその私たちを襲って来る。その悪魔と戦うのです。
2、どのようにして悪魔と戦うのか
13節の「邪悪な日」とは、迫害や教会内の異端による攻撃などの試練に会うときを言います。パウロは、私たちに、それに対抗するため「神のすべての武具を取る」ように命じます。神の武具とは神がくださる武具ではなく、神ご自身の武具、神が戦いで身につけている武具です。神様がともに戦って下さるのです。腰には真理の帯。胸には正義の胸当て。足には平和の福音の備え。そして信仰の盾。これは悪い者の放つ火矢から守るためのものです。頭には救いの兜。そして御霊の剣。
パウロがこの手紙を書いたのは牢獄でローマ兵に監視され、鎖で繋がれているときでした。自分を監視するローマの兵隊たちを見て、この表現を思いついたと言われています。彼は長期にわたる牢獄生活で心身ともに弱ってはいましたが、精神的に弱くなることはありませんでした。
18節に、「あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。」とあります。超自然的な知能と威力を持ち、全世界に攻撃を仕掛けてくる悪魔です。私たちは、祈りによって全知全能の神様に支援を求めなければなりません。どんな時にも祈る、すべての聖徒のために祈るのは、パウロの姿そのものでした。
3、主は私たちと共におられ、力を与えてくださる
ここから2つのことがわかります。一つは、神様が私たちに、悪魔の策略に負けない力を与えて下さることです。最も激しい時にも耐える力です。二つめは、私たちが戦うとき、いつもイエス様が一緒にいてくださることです。私たちは「神に愛されている子ども」。そして「私たちのかしらはキリスト」、「私たちはキリストの体の部分」です。
4、教会を建て上げる
どのクリスチャンにも、健康や家族のこと、生活のことなど不安や恐れが日々押し寄せてきます。しかし主イエスはいつも私たちと共におられ、悪魔の策略や試練に耐える力を与えてくださいます。主は、クリスチャンの一人ひとりを、その大能の力によって強め、堅く立たせてくださいます。主に信頼しましょう。そして地域の人々に、キリストの福音を力強く宣べ伝えていきましょう。
説教者:加藤 正伸 長老
<エペソ人への手紙 6章10〜20節>
10 終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。
11 悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。
12 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
13 ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。
14 では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、
15 足には平和の福音の備えをはきなさい。
16 これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。
17 救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。
18 すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。
19 また、私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。
20 私は鎖につながれて、福音のために大使の役を果たしています。鎖につながれていても、語るべきことを大胆に語れるように、祈ってください。