2026年7月26日



「キリストは何から解放して下さるのか」(要約)

聖書箇所:


1、弟子を招く

イエス様は、宣教を、弟子を招くことから始められます。ガリラヤ湖のほとりで網を打っているシモンとアンデレに「わたしについて来なさい。人間を取る漁師にしてあげよう。」と声をかけました。二人は、そのことばを聞いて、すぐに網を捨ててイエス様に従います。

ルカの福音書は、その時の状況を次のように記しています。イエス様がガリラヤ湖の岸辺で説教されたときのこと。ペテロの舟に乗って人々を教えられた後、ペテロに「深みに漕ぎ出し、網を下ろして魚を取りなさい。」と言われます。ペテロが「私たちは夜通し働いたけれども、何一つ取れなかった。でも先生の言葉なので網を下ろしてみましょう。」と答え、その通りにすると非常にたくさんの魚が取れました。この奇跡を見たときペテロは自分の罪深さを痛切に感じて言います。「主よ、私から離れてください。私は罪深い人間ですから。」しかしイエス様は、そのペテロに、「わたしについて来なさい。人間を取る漁師にしてあげよう。」と言われました。ペテロは、罪深い自分がイエス様に受け入れられていることに喜び、すぐに網を捨ててイエス様に従いました。

2、会堂で教え、汚れた霊を追い出す

イエス様は、安息日に弟子たちと一緒に会堂に行かれ、そこで会衆に聖書のことばを語られました。その教えは、律法学者たちと違って権威ある教えでした。なぜなら、イエス様こそ、旧約聖書が証言している方、永遠のいのちである方だからです(ヨハネ5: 39)。

ちょうどその時、その会堂に汚れた霊に憑かれた人がいました。その人が「ナザレの人イエスよ。私たちと何の関係があるのですか。私たちを滅ぼしに来たのですか。私はあなたが誰か知っています。神の聖者です。」と叫ぶと、イエス様は彼を叱り「黙れ。この人から出て行け」と言われます。悪霊とは堕落した天使たちです。イエス様は悪霊と交わりを持たないし妥協もしません。イエス様にとって大切なのは、イエス様を心から信頼している人の証しです。

悪霊は、神が愛するものを憎み、神が憎むものを愛します。神様の憎むものとは、不信仰であり、欺きや、無慈悲、愚かなおしゃべり、妬みやそねみ、そうした類いのものです。しかし神様を愛する人は、神様への信仰と隣人愛に生きます。

イエス様は、人を悪霊の支配から解放し、悪魔と関係を切らせて下さるお方です。もしあなたが隠れた罪を抱えているなら、このイエス様の権威ある言葉に委ねましょう。主はあなたを暗闇の力から解放してくださいます。

3、病気の人の癒し

会堂を出た後で、イエス様は弟子たちとペテロの家に行かれ、熱を出していたペテロの姑を癒されました。また夕方になり、人々が病人や悪霊に憑かれた人たちを連れてきたので、多くの人から悪霊を追い出し、たくさんの病人を癒されました。イエス様は病気で辛い思いをしている人のことを決して無視されません。憐れんで下さいます。

4、一番大切なこと

イエス様が弟子たちに、「さぁ、近くにある別の町や村へ行こう。わたしはそこでも福音を伝えよう。そのために、私は出てきたのだから。」(38節)と言われているように、イエス様は、すべての人が福音を信じて、その魂が救われるためにこの世に来られました。私たちはいつかは死を迎えます。しかし、イエス様を信じて罪と死と悪魔の支配から解放され、新しいいのちを与えられた魂は亡びません。

次の40節?45節の、ツァラアトに冒された人の箇所は、神様が私たちに望んでおられることは何かを教えます。イエス様のところにツァラアトに冒された人が来て、癒しを願い出ました。彼は「汚れた者」であり、人々のいる場所から隔離されていました。イエス様は彼を深く憐れみ、手を伸ばして彼に触られ、癒されました。この時イエス様は、その彼に、誰にも何も話さないように、そして祭司に自分を見せ、きよめの献げ物をするように厳しく言われました。しかし彼はイエス様のことばを守らず、人々に自分の癒されたことを吹聴したのでした。神様は彼が神様との正しい関係を持つことを望んでいたのに、彼はそれを望まなかったのでした。

神様は、あなたを憐れみ、祝福するためにイエス様をこの世に送って下さいました。

「神である主の霊がわたしの上にある。貧しい人に良い知らせを伝えるため。囚われ人に解放を告げるため。囚人に釈放を告げるため、すべての嘆き悲しむ者を慰めるため、シオンの嘆き悲しむ者たちを喜びに満たすため」。(イザヤ書61章1節)

イエス様は、私たち人間を愛して、私たちが自分ではどうすることもできない状況から解放するために来て下さいました。このイエス様を信じましょう。


説教者 :加藤 正伸 長老