2026年5月31日
「私たちの罪をお赦しください」(要約)
聖書箇所: マタイの福音書6章12節
主の祈りの第五祈願「私たちの罪をお赦しください。私たちも、私たちに罪のある人たちを赦しました。」
主の祈りはクリスチャンの祈りです。
クリスチャンでも自分の罪や愚かさにガッカリし落ち込んでしまうことがあります。自分はなぜキリストを信じているのに罪を犯すのだろう。ルターは、その理由を2つあげています。第一に、周りに罪を犯す人たちがいます。意地悪する人、悪意で騙してくる人、短気で怒りっぽい人がいる。それに反応してしまうのです。さらに、背後には常に悪魔がいて、神様の御心が行われるのを妨げようとします。その中で、自分だけ罪を犯さないと言える人は誰もいません。第二に、自分を振り返るならば、日ごとに、言葉でも行いでも罪を犯していることに気づきます。言葉で人を傷つけてしまった。人を見下した、妬んだ、約束を破った。
ではそのような時にクリスチャンはどうすればよいのでしょう。主の祈りの第五祈願を祈ります。こんな自分だけれども、神様はキリストにあって私を赦してくださる。神様に求めて良い、祈って良い、すがって良いというのがこの祈りです。クリスチャンは神様の子どもです。聖霊に導いて頂き新しいいのちを生きています。しかしクリスチャンのうちにはまだ古い人が残っていて(肉体を持っている間)、罪を犯すのです。クリスチャンが自分の罪を告白するなら、神様はその罪を赦し、聖めて下さいます。罪を赦すことができるのは神様だけです。この祈りによって、クリスチャンは、自分の日々の罪が赦されている確信を得ることができるのです。
「もし自分には罪がないと言うなら、私たちは自分自身を欺いており、私たちのうちに真理はありません。もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。もし罪を犯したことがないと言うなら、私たちは神を偽り者とすることになり、私たちのうちに神のことばはありません。」(ヨハネの手紙第一8〜10節)
また、こうして自分が神様に赦されたことを確信した人は、隣人を赦すことができるようになります。神様が赦せるようにして下さるのです。人から何か嫌なことをされたとき、損害を受けた時、悪口や陰口を言われた時には、クリスチャンでもなかなか赦せません。しかしイエス様は、十字架の死によって私の罪を赦し、復活されて私のうちに聖霊と新しいいのちを与えて下さいました。このイエス様が、聖霊を通して、赦すことができるようにして下さるのです。ピリピ人への手紙4章12節「私を強くしてくださる方によって、私はどんなことでもできるのです。」ですから神様は、クリスチャンに人の罪を赦すことを命じておられます。神様から赦しの確信を頂きましょう、隣人を赦せるようにして頂きましょう。
説教者:加藤 正信 長老
<マタイの福音書6章12節>
私たちの負いめをお赦しください。
私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。