2026年4月26日



「神の宝の民」(要約)

聖書箇所: 黙示録21章(1〜27節)


1、天国でイエス様にお会いする (1節から9節まで)

この世の終わりには、悪魔が火と硫黄の池に投げ込まれ、完全なさばきが行われて古い天地は消え去り、新しい天と新しい地が現れます。そこに神のみもとから聖なる都、新しいエルサレムが降りてきます。その様子は、夫のために飾られた花嫁のように整えられています。イエス・キリストを信じ、復活の体を与えられた信仰者が宿る場所、それが新しいエルサレムです。新しいエルサレムはイエス様にお会いするところです。

「見よ、神の幕屋が人々と共にある。神は人々と共に住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、共におられる。」(3節)


天国は慰めの場所です。「神は彼らの目から涙をことごとく拭い取ってくださる。」この世で涙を流してきた人々、病気に耐えてきた人、イエス様のことで辛い思いをした人を慰めてくださいます。天国には、すべての不幸がありません。いじめも、詐欺も、犯罪も、戦争も。迫害を受けることもない。悪はさばかれました。一切のものは子羊イエスの血によって義とされ、聖くされました。霊的な渇きも豊かに満たして下さいます。


5節で神様は宣言されます。「見よ、わたしは全てを新しくする。」また「書き記せ。これらの言葉は真実であり、信頼できる。」天地を一新する、全く新しい世界にするという神様の約束は真実であり、信頼できるのです。黙示録は、ローマ皇帝ドミティアヌスの治世の晩年(おそらく紀元95〜 6年頃)に書かれました。この言葉は、皇帝崇拝を拒否するという理由で様々な迫害を受けた当時の信徒たちに大きな希望を与えたことでしょう。

「事は成就した。」とはキリストの勝利宣言です。すべての歴史は最後に明らかになります。「わたしはアルファであり、オメガである。初めてあり、終わりである。」神はこの世界と歴史の創始者であり、同時に完成者です。この世では戦いがあります。神様は、戦いに勝利した者に「わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。」と言われます。


2、天国の情景 (10節から22章5節まで)

次にヨハネは、御霊によって大きな高い山に連れて行かれ、「聖なるエルサレムが神のみもとから天から下ってくるのを見ます。」この都、聖なるエルサレムは、神の栄光を受けて最高の宝石のように輝き、透き通った碧玉のようです。都は透き通ったガラスに似た純金でできています。

この都はどの都よりも大きく、それも完全な形でした。都は、碧玉で造られた高い城壁に囲まれています。城壁の12の土台石には、イエス様の12弟子の名前が刻まれ、12の宝石がはめ込まれています。城壁には東西南北にそれぞれ3つの門があり、どの門も1つの大きな真珠でできています。それぞれの門にはイスラエルの12部族の名前が刻まれ、12人の御使いが入り口を守っています。都の中に神殿や幕屋はありません。なぜなら「全能の神である主と子羊が、神の神殿だから」です。都の中央には、神と子羊の御座があります。またこの都には夜がありません。神である主が彼らを照らされるからです。


3、神の宝の民

キリストを信じ御国に入る人は、神様にとって宝の民です。礼拝所が幕屋であった時代、大祭司はエポデという装束の上に「さばきの胸当て」をつけました。そこにはイスラエルの息子たちの名前が彫られた宝石が3つずつ、4列にはめ込まれていました。大祭司が聖所に入る時に、この胸当てにあるイスラエルの息子たちの名が絶えず主の前で覚えられるようにするためでした。神様は、御国に入る人を、その胸当ての宝石と同じように尊い存在として扱って下さいます。申命記14章2節「あなたは、あなたの神、主の聖なる民だからである。主は地の面のあらゆる民の中からあなたを選んで、ご自分の宝の民とされた。」

神様は、アダムの堕落によって罪に染まった人間を、イエス様の血によって救い出し、神との交わりを回復させて下さいました。救い主イエス様は、あなたの罪、けがれを全部自分の身に負って下さり、十字架で死んで下さいました。その福音を信じ、神様を信頼して生きるなら、神様はこの世の終わりにその人を天国に入れてくださるのです。


4、警告と憐れみ

21章8節と27節は警告と憐れみのことばです。警告とは、悔い改めや用心を怠ると信仰者でも信仰の破船に会うということです。憐れみとは、信仰者でも、自分のうちに不純な動機やにくしみ、欲、自尊心が小さいけれどもある。神様のことばである律法を聞くとき、責められたり、罪の恐ろしさに震え、そのことから顔を背けることもあるかもしれない。しかしそのあなたの不純な性質を、神様はなくそうとしてくださる。聖めようとしてくださるということです。ここまでしてくださる神様なのです。

キリストを信じた人は神にとって宝の民です。そして礼拝は、この世で特別に神様が人と会って下さり交わって下さるところです。


説教者:加藤 正伸 長老



<ヨハネの黙示録21章(1〜27節)>

1 また私は、新しい天と新しい地とを見た。以前の天と、以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。

2 私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとを出て、天から下って来るのを見た。

3 そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、

4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」

5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」

6 また言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。わたしは、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる。

7 勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。

8 しかし、おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、魔術を行う者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、火と硫黄との燃える池の中にある。これが第二の死である。」

9 また、最後の七つの災害の満ちているあの七つの鉢を持っていた七人の御使いのひとりが来た。彼は私に話して、こう言った。「ここに来なさい。私はあなたに、小羊の妻である花嫁を見せましょう。」

10 そして、御使いは御霊によって私を大きな高い山に連れて行って、聖なる都エルサレムが神のみもとを出て、天から下って来るのを見せた。

11 都には神の栄光があった。その輝きは高価な宝石に似ており、透き通った碧玉のようであった。

12 都には大きな高い城壁と十二の門があって、それらの門には十二人の御使いがおり、イスラエルの子らの十二部族の名が書いてあった。

13 東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門があった。

14 また、都の城壁には十二の土台石があり、それには、小羊の十二使徒の十二の名が書いてあった。

15 また、私と話していた者は都とその門とその城壁とを測る金の測りざおを持っていた。

16 都は四角で、その長さと幅は同じである。彼がそのさおで都を測ると、一万二千スタディオンあった。長さも幅も高さも同じである。

17 また、彼がその城壁を測ると、人間の尺度で百四十四ペーキュスあった。これが御使いの尺度でもあった。

18 その城壁は碧玉で造られ、都は混じりけのないガラスに似た純金でできていた。

19 都の城壁の土台石はあらゆる宝石で飾られていた。第一の土台石は碧玉、第二はサファイヤ、第三は玉髄、第四は緑玉、

20 第五は赤縞めのう、第六は赤めのう、第七は貴かんらん石、第八は緑柱石、第九は黄玉、第十は緑玉髄、第十一は青玉、第十二は紫水晶であった。

21 また、十二の門は十二の真珠であった。どの門もそれぞれ一つの真珠からできていた。都の大通りは、透き通ったガラスのような純金であった。

22 私は、この都の中に神殿を見なかった。それは、万物の支配者である、神であられる主と、小羊とが都の神殿だからである。

23 都には、これを照らす太陽も月もいらない。というのは、神の栄光が都を照らし、小羊が都のあかりだからである。

24 諸国の民が、都の光によって歩み、地の王たちはその栄光を携えて都に来る。

25 都の門は一日中決して閉じることがない。そこには夜がないからである。

26 こうして、人々は諸国の民の栄光と誉れとを、そこに携えて来る。

27 しかし、すべて汚れた者や、憎むべきことと偽りとを行う者は、決して都に入れない。小羊のいのちの書に名が書いてある者だけが、入ることができる。