2025年12月7日



「喜びのおとずれ」(要約)




1、預言

イザヤ書7章10〜14節は、ユダ王国が存亡の危機のときの預言である。紀元前734年、ユダ王国に隣国シリアと北イスラエルが侵入し、南王国ユダはパニック状態になった。その時、預言者イザヤは、あくまでも人間の力と知恵に頼ろうとしたアハズ王に向けてこの預言を告げた。インマヌエルとは、神が私たちとともにおられるという意味である。

イザヤ書9章6節から7節は、北イスラエルがアッシリア帝国によって滅ぼされ、北イスラエルの住民が捕囚として連れていかれたあとのものである。イザヤは深い苦しみと悲しみの中で、しかし、「ひとりのみどりご」が「私たちのためにお生まれ」になることを預言した。そのみどりごは、国を統治する主権者であり、助言を必要としない王様であること、またそのみどりごは神ご自身であり、イスラエルの保護者であること、健康で平安があり、欠けのない完全な方であること、ダビデの王座に就て、正しいさばきを行い、ダビデ以上の繁栄と平和をもたらすことを預言した。この二つの預言は、暗闇のような時代に語られた希望のメッセージである。

2、罪

ユダの民は、まことの神様に背を向け、形式的な礼拝を続けながら、異教の神を拝んで何が悪いという態度だった。貧しい人を顧みず返って虐げ、性道徳も乱れていた。そのことを深く悲しんでおられた神は、罰を下された。疾病、飢饉、殺害、そして捕囚である。

罪とは何か。それは十戒にそむくことである。当時のユダの人たちも今の私たちも、このことは同じである。私たちは、私たちを絶えず、自分を誘惑してくる自分の罪と世と悪魔に注意しなければならない。しかしイエス様はこれらの誘惑に勝たせてくださる。

3、救い

イザヤは、罪の指摘して悔い改めを迫るだけでなく、北イスラエルとユダの回復についても語った。捕囚の民が祖国に戻ること、ダビデの子孫から王様が生まれること、イスラエルの罪は贖

われること、新しい契約を与えられることである。最初の約束は、ペルシャ王クロスの勅令で538 年に実現する。しかし残りの3つの約束は、イエス・キリストの誕生のときに実現する。

約730年後、イエス・キリストがベツレヘムでお生まれになった。キリストは、神が人となってこの世に来られた方である。キリストは、イスラエルの民だけでなく、すべての人の救い主として来られた。そして十字架に架かられ死なれ、すべての人の罪を贖って下さった。

キリストは、キリストを救い主として信じる者を罪と悪魔の支配から解放してくださる。思い煩いから解放し、危機迫るときにも平安を与えてくださる。すべての罪はキリストの血によって覆われているので、罪は赦される。また私たちの祈りに耳を傾け、神様の時と方法で祈りに答えてくださる。キリストは、暗闇の中にいる私たちの嘆きを喜びに、悲しみを感謝に変えて下さるのである。


説経者:加藤 正伸 長老