2025年8月31日
「私たちは神の作品なのです」(アウトライン)
新約聖書:エペソ人への手紙 2章1〜10節
1、背景
パウロの10年間の異邦人伝道を通し、トルコやギリシャに数多くの教会が生まれ、信徒の数も増えて行きました。その後エルサレムで囚人となったパウロは、ローマに送られて4年間の獄中生活を送ります。この時(紀元60年頃)パウロは、既に信仰の基礎を身に付けている信徒たちをさらに啓発し、信仰を固めるためこの手紙を書きます。この手紙でパウロが伝えているのは、教会の本質、すなわち教会は神様が創造し、運営するものであること、また信仰者の行動の基準は霊的なものであり、聖霊の働きによるということです。
2、みことば
(1節から3節)ここにある「死んでいる」とは、「霊的に死んでいる」ことを言い、魂と体が神様から離れている状態のことです。私たち人間は、罪と世とサタンに支配されていて、自分が神様に造られた被造物であることや、神様が養ってくださることが信じられません。また原罪があるため、義しいことをしようと思ってもできません。
(4節から6節)しかしキリストは、この罪と世と悪魔の奴隷状態である私たち人間を引き上げ、新しい命を与えるためにこの世に来られました。クリスチャンとは、復活されたイエス様とともに、新しいいのちに預かっている人のことです。「救い」とは、罪の支配からの解放のことです。
(7節)神様の究極的な目的は、キリストによる救いが、永遠の先まで、すべての造られたものにはっきりと示されることです。
(8節)私たちの救いは、神様の一方的な恵みの行為であり、信仰も神様からの賜物です。
(9節と10節)救いは行いによるのではない、恵みによることが繰り返し書かれています。救いは人の能力や知識、態度、人種、年齢と全く関係ありません。また「私たちは神の作品」であるということは、クリスチャンの行いは、新しいいのちから来るもので、神様ご自身による新しい創造のみわざということです。私たちが良い行いをするので、神様が助けてくださるというのではありません。神様は、「私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださっ」ているのです。
3、主の教会
キリストは、あなたのために死んでくださいました。キリストを信じる人をご自分とともに甦らせ、その人のうちに生きて下さいます。主はあなたに良くしてくださいます。主を信じ、新しいいのちに満たしていただきましょう。
説教者:加藤 正伸 長老
<エペソ人への手紙 2章1〜10節>
1 あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、
2 そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。
3 私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行い、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。
4 しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、
5 罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、−−あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです−−
6 キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。
7 それは、あとに来る世々において、このすぐれて豊かな御恵みを、キリスト・イエスにおいて私たちに賜る慈愛によって明らかにお示しになるためでした。
8 あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。
9 行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。
10 私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。