2025年5月25日
「あなたの神は王であられる」(要旨)
新約聖書:コロサイ人への手紙 1章13〜18節
はじめに
6月8日のペンテコステに向けて、カテキズム説教を続けています。前回は、父なる神様についてお話ししました。天の神様は天地万物を作られた方。私たちもこの方によって造られた。この方は、私たちが生きるために必要なものを豊かに与えてくださる。しかしその世界に罪が入り、人は罪と悪魔の支配を受けるようになった。それで天の神様が、キリストをこの世に送ってくださったのです。今日は、私たち一人ひとりとイエス・キリストとの関係をテーマにお話しします。
1、イエス・キリストはどのようなお方か?
イエス・キリストはどのようなお方でしょう。まことの人であり、まことの神様です。すべての人を救うため、人としてお生まれになり、苦しみを受けられ、十字架につけられて死なれました。しかし三日目によみがえり、天に上り、神様の右の座について、すべてのものを支配しておられます。
ヘブル人への手紙2章14節「そういうわけで、子たちがみな血と肉を持っているので、イエスもまた同じように、それらのものをお持ちになりました。」 コロサイ人への手紙1章15節「御子は、見えない神のかたちであり、すべての造られたものより先に生まれた方です。」この方が私たちの主です。
ところで、主とはどういう意味でしょう?それは最高の権威を持って私を支配する方という意味です。私たちは生まれながら、罪と死と悪魔に支配され、自分の力でそこから抜け出すことができません。しかし、イエス様は、この古い主人から私たちを解き放ち、ご自分の支配に置いてくださいました。それでこの方を私たちは主と呼ぶのです。 ローマ人への手紙10章9節。「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われるからです。」
2、御国の民
旧約聖書の預言者イザヤの時代、イスラエルは、まことの神様に背を向け、神の定めた十戒は形式的だけで、他の神々を拝みました。神の怒りにより、イスラエルはアッシリアやバビロンによって征服され、民は遠い外国に連れて行かれてしまいます。それは悲惨なできごとでした。しかし、その罪深いイスラエルに神様は語りかけます。 イザヤ書52章7節「良い知らせを伝える人の足は、山々の上にあって、なんと美しいことか。平和を告げ知らせ、幸いな良い知らせを伝え、救いを告げ知らせ、「あなたの神は王であられる」とシオンに言う人の足は。」主イエス様による、罪と死と悪魔の支配からの解放もこれと同じです。
コロサイ人への手紙1章13節「御父は、私たちを暗闇の力から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。」
3、恵みによる
では、クリスチャンは罪を犯さないかというとそうではありません。犯します。クリスチャンでも、人を許せない、愛せない、聖くない、自分を許せないと考えて苦しむことがあります。洗礼を受けた私たちのうちに「新しい人」は与えられましたが、まだ「古い人」もいるからです。
しかし、それは聖霊様がその方をキリストに導こうとしている時でもあります。私たちに必要なのは努力ではなく、主に自分の罪を告白し、赦しを求め、救いを待つことです。
キリストが聖くしてくださいます。憎しみを無くしてくださいます、罪深い自分を許せるようにして下さいます。イエス・キリストこそ私たちの王であり、私たちは御国の民だからです。
エペソ人への手紙2章8節。「この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。行いによるのではありません。誰も誇ることのないためです。」キリストの恵みの中に留まりましょう。
使徒信条(イエス・キリストの告白)の説明 ルターは次のように解説します。
(前半)「私は、イエス・キリストが、私の主であると信じます。主は永遠のうちに、父から生まれた真の神であり、処女マリアから生まれた真の人間であり、金銀によってではなく、ご自身の聖く尊い血と、罪なくして受けた苦しみと死によって、私を贖い、失われて罪に定められていた私をすべての罪と死と悪魔の力から解放してくださいました。」ここに書かれているのは、罪の赦しと、罪と死と悪魔からの解放です。
(後半)「それは、主ご自身が死から甦り、永遠に生きて治めているように、私が主ご自身のものとなり、御国において主のもとに生き、私も義と純潔と祝福との中で、永遠に主に仕えるためです。」
ここに書かれているのは、イエス様が私たちの主であることと、そのイエス様が新しいいのちを与えて下さることです。
4、イエス様との関係に満たされる
教会で最も大切なこと。それは、私たち一人一人がこのイエス様と自分の関係を確認することです。礼拝で神様の恵みに満たされましょう。聖霊様が差し出すキリストの罪の赦し、罪と死と悪魔からの解放、そして新しいいのちを受け取りましょう。
イエス様の放蕩息子の譬えでは、父親は自分の元を去ってどこかに言ってしまった放蕩息子を愛し続けました。父親の思いを素直に受け止められない兄息子のことも愛していました。父親が何よりも願ったことは、自分の愛を受け止めてくれることです。私たちも同じです。もし神の愛に満たされているならば、必然的に神様の働きのために何かをしたくなるのです。
説教者:加藤 正伸 長老
<コロサイ人への手紙 1章13〜18節>
13 神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。
14 この御子のうちにあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。
15 御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方です。
16 なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。
17 御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。
18 また、御子はそのからだである教会のかしらです。御子は初めであり、死者の中から最初に生まれた方です。こうして、ご自身がすべてのことにおいて、第一のものとなられたのです。