2025年4月6日
「主にあって同じ思いになってください」(要約)
新約聖書:ピリピ人への手紙2章1節〜11節
ある日、牢獄にいたパウロに、ピリピの教会から贈り物が届けられました。ピリピの教会はパウロがヨーロッパで1番最初に建てた教会です。彼らはパウロの宣教活動を支えてきました。パウロが書いた手紙には、ピリピのクリスチャンたちへの愛情が溢れています。
この手紙の中でパウロが特に伝えたかったのは、1章27節にあるように、ピリピのクリスチャンたちがキリストの福音にふさわしく生活すること。霊を一つにして堅く立ち、福音の信仰のために心を一つにして戦うことです。そのためにどうすれば良いのかをパウロは2章1節から11節に書いています。
2章1節でパウロは、あなた方はキリストから励ましや愛の慰めをいただいていますか、御霊の交わりや愛情と憐れみはありますかと問います。
そして2節で、それがあるなら、あなた方は同じ思い、同じ愛の心を持って、心を合わせ思いを1つにしてほしいと言います。また、何をするにも利己的な思いや虚栄からするのではなく、へりくだって互いに人を自分より優れた者と思うことや、自分のことだけでなく他の人のことも顧みるように言います。5節から、この思いはキリスト・イエスのうちにある思いであることが分かります。
私たちは、人間的な謙遜さで一致するのでも民主主義的な方法で一致するのでもありません。牧師の言葉に何でも従い一致することでもありません。キリスト・イエスのうちにある思いで一致するのです。
次にパウロは、このキリストにある思いについて、キリストを例に6節から11節で説明します。私たちの主イエス様は、神の形をとって存在していましたが、自ら神と等しくあることをやめてしもべの姿をとり、人間と同じようになられました。そして私たちと同じように食べ、飲み、眠り、目覚め、歩き、立ち、飢え、渇き、震え、汗をかき、疲れ、働き、衣服をまとい、家に住み、祈り、すべての人と同じように生活をされました。そして最後は、ピラトのもとで行われた裁判で嘘の罪状がつけられ、死刑の判決を受け、民衆やローマ兵たちの嘲りと侮辱の中ゴルゴダの丘の上で十字架につけられ、神の怒りを受けて苦しまれ死なれました。それゆえに神様は、キリストを高く挙げ、すべての名に勝る名を与えられました。このお方が私たちの主キリストです。
パウロは、ピリピの人たちに、このキリストのうちにある思いを持って互いに仕え合いなさいと勧めています。これは人間的なへりくだりではありません。キリストにある自由を捨てて誰かの奴隷になることでもありません。
ですから、私たちは、先ず、主のみことばと聖餐を通して、主から愛の慰めと励ましをいただきましょう。私たちを支配していた罪と死と悪魔からの解放に心から感謝し、常に神の恵みに心を満たしていただきましょう。次に大切なのは、キリストのうちにある思いを持って互いに仕え合うことです。兄弟愛です。お互いのために祈り、心を配り、励ましあいましょう。奉仕のわざの大小は関係ありません。
神であるキリストは、ご自分を忘れ、ご自分の栄誉を求めず、人の幸せのために熱心でした。私たちも、主にしっかりつながり、キリストと同じ心、同じ霊で互いに仕え合っていきましょう。
説教者:加藤 正伸 長老
<ピリピ人への手紙 2章1〜11節>
1 こういうわけですから、もしキリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら、
2 私の喜びが満たされるように、あなたがたは一致を保ち、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つにしてください。
3 何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。
4 自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。
5 あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。
6 キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、
7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、
8 自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。
9 それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。
10 それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、
11 すべての口が、「イエス・キリストは主である」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。