2025年3月16日



「わたしにとどまりなさい」(要約)

新約聖書:ヨハネの福音書15章1〜11節



私たちは生活の中で様々なトラブル、病気、介護、仕事のストレスに会います。また自己中心的な思い、優越感や劣等感などの罪に苦しむことがあります。イエス様は、そのような私たちに、「わたしにとどまりなさい」と、優しく語っておられます。


1、大切なのはとどまること

ヨハネの福音書15章1節から11節には、ご自分と弟子たちとの関係をぶどうの木とその枝に譬えられ、弟子たちにご自分の愛にとどまるように命じられたことが書かれています。5節で「人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。」イエス様につながっていなければ実は結びません。


2、とどまり続けること

イエス様は弟子たちに、3節で「あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、もう聖いのです。」と言われましたが、4節では、「わたしにとどまりなさい」と言われます。私たちは、ここから洗礼と聖化について教わります。

私たちは、しばしば洗礼を受けたクリスチャンはみな聖いということを忘れてしまいます。礼拝を守る人は聖くて守らない人は聖くないということはなく、牧師はみんなよりも聖いとか、幼児洗礼の子どもは少しだけ聖いということもありません。洗礼を受けていれば、みな聖いのです。

そして4節で、イエス様は弟子たちにご自分に「とどまりなさい」と言われました。私たちも、洗礼を受けたあと、みことばにとどまり、聖餐を受け、聖められ続けることが大切です。もしイエス様にとどまり続けるならば、11節にあるように、私たちは心の底から喜びに満たされます。「わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためです。」


3、イエス様にとどまるためには

イエス様にとどまるため、礼拝を守る、毎日聖書を読む、祈ることは大切です。でもすべての人ができるわけではありません。ここでは3つのことを挙げます。一つは、聖餐を受けることです。聖餐を受けることで自分の罪が赦されていることを確認することができます。パンとぶどう液はイエス様の血と肉です。信仰を持ってみことばとともにパンとぶどう液を頂くとき、イエス様のいのちがその人のうちに流れ、聖められます。

二つ目は、自分が聖なる公同の教会につながっているという意識を持つことです。私たちは「信仰告白」で「聖なる公同の教会を信じます」と告白します。聖なるとは、「真の教会はキリストを頭とする一つの霊的な体」ということです。また「公同の教会」とは、「神がすべての人々を教会に入るように招かれ、また福音が語られるすべての地に教会が見出される」からです。私たちは、この地上にある見える教会の一員であるとともに、霊的な見えない教会の一員です。自分が公同の教会につながっていることを意識するならば、人につまずくことはありません。

三つ目は、神様抜きで問題や課題に取り組まないことです。「枝だけでは、実を結ぶことができません。同様に、あなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。」しばしば私たちは結果を出すため、自分はこんなことができると頑張りますが、返って結果が出ず、キリストから離れることがよくあります。


4、勧め

私たちの身代わりになって私たちの罪のために死んでくださった方、私たちの罪を赦し、罪と死と悪魔と言う暗闇の力から解放してくださった方、そして今も私やあなたの罪を赦し、暗闇の力から解放してくださるこの方、イエス様にとどまりましょう。みな一緒にとどまり続けましょう。そして勇気を持って新しい一週間を過ごしていきましょう。


説教者:加藤 正伸 長老



<ヨハネの福音書 15章1〜11節>

1 わたしはまことのぶどうの木であり、わたしの父は農夫です。

2 わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。

3 あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、もうきよいのです。

4 わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。

5 わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。

6 だれでも、もしわたしにとどまっていなければ、枝のように投げ捨てられて、枯れます。人々はそれを寄せ集めて火に投げ込むので、それは燃えてしまいます。

7 あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。

8 あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。

9 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。

10 もし、あなたがたがわたしの戒めを守るなら、あなたがたはわたしの愛にとどまるのです。それは、わたしがわたしの父の戒めを守って、わたしの父の愛の中にとどまっているのと同じです。

11 わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためです。