2025年2月16日
「種まきの譬えと福音」(要約)
新約聖書:ルカの福音書8章1〜15節
1 、種まきの譬え
このイエス様の種まきの譬えは、私たちにとってどのような意味があるのでしょう。
イエス様がガリラヤの村々を回り、神の国と福音を宣べ伝えておられたときのことです。そこに大勢の群衆が集まってきました。人々は、イエス様が数々の奇跡を行い、また律法学者たちのようではなく、権威ある者のように教えておられたのを見て、この方こそ自分たちを他国の支配から解放してくださる方かもしれないと期待を寄せていました。この時イエス様が話されたのが、有名な種まきの譬え話です。
次のような内容です。農夫が畑の中を歩きながら、いろいろな方向に種を蒔くと、ある種は道端に、別の種は岩の上に、また別の種はいばらの中に落ちた。すると種は、人に踏まれ鳥に食べられたり、芽が出たが根がないために枯れたり、イバラが成長して種の成長を塞ぎ枯らしてしまった。しかし、良い地に蒔かれた種は、成長して多くの実を結んだ。
イエス様は、この譬えで、ご自分のおことばを聞く人がどのように受け取るのかを話されたのです。
しかし、この譬えを聞いた人たちは、その意味が良く分からなかったようです。そこで弟子たちがイエス様にその譬えの意味を訪ねました。するとイエス様は次のように説明されました。最初の人は、悪魔がそれを持っていってしまい、心の中に残らなかった。次の人は、すぐに喜んで受け入れたが、困難なことがあると信仰から離れてしまった。三番目の人は、みことばを受け入れたが、思い煩いや富、快楽で忙しくなり、みことばの素晴らしさを忘れ、信仰をなくしてしまった。最後の人は正しい良い心でみことばを受け入れ、忍耐して豊かな実を結んだ。言うまでもなく、最後の人が天国にふさわしい人です。
2、みことばを正しい良い心で受け止めるとは?
では、どうすればみことばを正しい良い心で受け止めることができるでしょう?その答えは、イエス様が、最初に弟子たちに言われたことばにあります。「あなたがたは神の奥義を知ることが許されているが、他の人たちには譬えで話します。彼らが見ていても見えず、聞いていても悟らないためです。」奥義とはキリストのことです(コロサイ人への手紙1章27節)。救い主キリストを信じ、受け入れ、留まること、それが答えです。
3、イエス様はすべての罪から私たちを解放する
私たちの心は、みことばに反発して岩のようだったり、お金や名誉などに囚われたり、日常の忙しさに一杯で、聖書のことばに耳を傾けることを忘れてしまい、いばらのようだったりします。しかし、神様は私たちの弱さと心の思いをご存知です。そのような時こそイエス様に、今自分が抱えている問題に入っていただくのです。イエス様こそ、どんな時でも、私たちを罪の暗闇から解放し、新しいいのちに生かし、多くの実を結ぶようにしてくださる方だからです。種まきの譬えは、そのことを私たちに教えているのです。
説教者:加藤 正伸 長老
<ルカの福音書 8章1〜15節>
1 その後、イエスは、神の国を説き、その福音を宣べ伝えながら、町や村を次から次に旅をしておられた。十二弟子もお供をした。
2 また、悪霊や病気を直していただいた女たち、すなわち、七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女と呼ばれるマリヤ、
3 自分の財産をもって彼らに仕えているヘロデの執事クーザの妻ヨハンナ、スザンナ、そのほか大ぜいの女たちもいっしょであった。
4 さて、大ぜいの人の群れが集まり、また方々の町からも人々がみもとにやって来たので、イエスはたとえを用いて話された。
5 「種を蒔く人が種蒔きに出かけた。蒔いているとき、道ばたに落ちた種があった。すると、人に踏みつけられ、空の鳥がそれを食べてしまった。
6 また、別の種は岩の上に落ち、生え出たが、水分がなかったので、枯れてしまった。
7 また、別の種はいばらの真ん中に落ちた。ところが、いばらもいっしょに生え出て、それを押しふさいでしまった。
8 また、別の種は良い地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」イエスは、これらのことを話しながら「聞く耳のある者は聞きなさい」と叫ばれた。
9 さて、弟子たちは、このたとえがどんな意味かをイエスに尋ねた。
10 そこでイエスは言われた。「あなたがたに、神の国の奥義を知ることが許されているが、ほかの者には、たとえで話します。彼らが見ていても見えず、聞いていても悟らないためです。
11 このたとえの意味はこうです。種は神のことばです。
12 道ばたに落ちるとは、こういう人たちのことです。みことばを聞いたが、あとから悪魔が来て、彼らが信じて救われることのないように、その人たちの心から、みことばを持ち去ってしまうのです。
13 岩の上に落ちるとは、こういう人たちのことです。聞いたときには喜んでみことばを受け入れるが、根がないので、しばらくは信じていても、試練のときになると、身を引いてしまうのです。
14 いばらの中に落ちるとは、こういう人たちのことです。みことばを聞きはしたが、とかくしているうちに、この世の心づかいや、富や、快楽によってふさがれて、実が熟するまでにならないのです。
15 しかし、良い地に落ちるとは、こういう人たちのことです。正しい、良い心でみことばを聞くと、それをしっかりと守り、よく耐えて、実を結ばせるのです。